top of page
検索
  • 執筆者の写真池谷薫

80歳「覚悟」の旅

更新日:2020年7月28日

「蟻の兵隊」の核心は奥村さんの中国山西省への旅である。その目的は2つあった。軍命による残留を証拠立てる資料を探すことと、己の戦争に落とし前をつけることである。奥村さんは残留問題においては戦争の被害者だった。だがその戦争と向き合えば向き合うほど加害者でもあった自分から逃れられなくなっていった。

奥村さんはこのとき80歳。3週間、山西省内だけでも3千キロを移動する苛酷なロケである。しかも元日本兵が、かつて日本軍が蛮行を繰り返した中国の戦地を訪ねるのだ。はたしてその重圧に耐えられるのか不安は尽きなかった。

さらに心配があった。奥村さんは50代で胃がんを患い、胃の全摘手術を受けていた。だから多くを食べられない。そのかわり新潟出身の彼は大の酒好きで、それをエネルギーに換えて生きているような人だった。若い僕らでもきつい旅である。ろくにものを食べずにロケを乗り切ることができるのか。

結論から言おう。奥村さんは必死に食べてくれたのだ。健気なぐらいに。バイキングの朝食ではお粥のほか、ゆで卵に搾菜など、普段の彼からは想像できない数のおかずが並んだ。奥村さんははっきりと自覚していたのだ。もし自分が倒れたら、奥村和一という人間がダメになるのではなく、「蟻の兵隊」という映画が終わってしまうことを。毎食、食べる量を確認しながら、僕は「えらい、えらい」と心の中で声をかけつづけた。

そうそう、酒の飲み過ぎについては、僕が厳しく量をコントロールすることで事なきを得た。夕食の席でいつもピタッと横に座る僕を見て、奥村さんは「酒は配給制ですか」と不満を口にした。

写真は山西省太原の公文書館で残留問題の資料を調査中、撮影の合間に


bottom of page