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  • 執筆者の写真池谷薫

復員した奥村さんを待ち受けていたもの

更新日:2020年7月27日

全国ツアーの大事な上映場所の一つに「蟻の兵隊」の主人公・奥村和一さんの故郷・新潟がある。(8/22,24,26,28 シネ・ウインド 初日トーク)

奥村さんにとって故郷は複雑な思いのにじむ場所だ。実家は代々つづく雑貨商で、その長男だった奥村さんは戦争がなければ当然のように店を継ぐはずだった。だが戦争が彼の人生を一変させる。20歳で兵隊にとられ、あろうことか戦後も戦争をつづけさせられた。昭和23年の戦闘で重傷を負い、捕虜となって6年もの抑留生活を強いられた。ようやく日本に引き揚げることだができたのは、日本が高度経済成長期に突入しようとする昭和29年のことだった。20歳から30歳までの青春の10年を戦争と捕虜で過ごしたのである。

しかし帰国した彼を待ち受けていたのは祖国日本の手ひどい仕打ちだった。自分の軍籍を確認するため真っ先に新潟県庁に向かった奥村さんは、そこで自分の軍籍が知らないあいだに抹消されていたのを知らされる、さらに故郷の中条では「中共帰り」「アカのスパイ」のレッテルを貼られ、公安警察官の厳しい監視の目にさらされた。商いをしている家に毎日警察がやってくるのである。このままでは店を潰されると思った奥村さんは、追われるように故郷をあとにした。ちなみにその店は、生死不明となった奥村さんの代わりに妹のキミさんが婿をもらって必死に守っていた。主の父親は奥村さんの安否を気遣いながら3年前に亡くなっていたのである。

60年後… 映画「蟻の兵隊」が完成し、中条で自主上映会が開催されることになった。一度は捨てた故郷である。町の人々の反応が怖い、と奥村さんは正直な胸のうちを明かした。

だが奇跡が起きた。故郷は彼を暖かく迎えてくれたのである。町のいたるところにポスターが張られ、会場は800人もの観客で埋め尽くされた。舞台挨拶に立った奥村さんを万雷の拍手が包む。彼は、いつものような毅然とした態度で応じたが、目元が潤むのを隠すことはできなかった。

そのこともあってか、晩年の奥村さんは故郷のことをよく口にした。そして本来ならば入ることを許されない先祖代々の墓に眠ることを望んだ。

新潟での上映後は足を延ばして中条の墓を3年ぶりに訪れようと思う。そして、奥村さんとともに闘った「蟻の兵隊」の日々を振り返るつもりだ。

奥村さん、僕はあなたと出会えて幸せでした。残念ながらいまこの国はいつか来た道を再びたどろうとしています。そんなときに、あなたのような実際に弾の下をくぐった元兵士がいなくなりつつある現実を憂いています。でも諦めるわけにはいきませんね。そう。あなたは決して諦めない人でした。あなたの遺志を受け継ぐためにも、これからも戦争とは何か、戦争の手触りとは何か語り継いでいきます。どうぞ向こうから見守っていてください。大好きなお酒を飲みながら。


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