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執筆者の写真池谷薫

狂って撮る①

更新日:2020年7月27日

「蟻の兵隊」は僕が狂って撮った映画である。そういうと驚くかもしれないが本当にそうなのだ。

狂った理由はいくつもあるが、そのひとつは主演の奥村和一さんにも静かな狂気があったということ。奥村さんは定年を迎えてから残留問題の究明一筋に生きた人である。つましい年金暮らしのなか防衛庁の図書館に足繁く通い、中国山西省にも足を運んだ。コピーを取るにも金はいるが、その金は奥さんの財布から失敬したという。だがその奥さんには自分が何をしているのか一切言わない。僕は、そこに普通の人の心の奥底にひそむ狂気を見ていた。事実、残留問題を憤るときの奥村さんの熱量はすさまじいとまで呼べるものだった。事会った次の週には段ボール3箱分の資料を僕に送りつけてきた。そんな彼と向き合うには僕も狂うしかなかったのだ。

ふたつめ… 「蟻の兵隊」は記憶の映画である。記憶と格闘する男の映画と言ってもいい、だがその記憶は撮影当時60年も前の曖昧なものなのだ。奥村さんは気づかぬうちに自分の記憶を都合のいいように修正してしまっていた。記憶を勝手に編集していたのである。僕はそれを知って激しく焦った。そのままでは「裸」の奥村和一が撮れなくなってしまうからだ。では僕がどうしたかというと、奥村さんが語る事実の一つひとつに「それは違うでしょう」と異議を挟むようになっていった。本人を前にして言うのである。この若造は何を言うのかと奥村さんはひどく戸惑った様子だった。

こうして彼を追い込むことが、けして快感だったわけではない。相手は80歳の老人で、戦争と真っすぐに向き合う苦しみの中にある人なのだ。「俺は何をやっているのか」と何度も自己嫌悪に陥った。

では、なぜ奥村さんはそれを許したのか… そのつづきは明日書くことにしよう。

写真は2005年5月、山西省でのロケ中、捕虜となり強制労働させられた炭鉱の跡で


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