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発売中の週刊文春WOMANに「蟻の兵隊」のことが触れられている。公文書の改ざんをめぐる森友訴訟で実名を明かして国を提訴した赤木雅子さんが「蟻の兵隊」を観てくださったのだ。雅子さんは、改ざんを命じられて自ら命を絶った夫俊夫さんの姿を山西残留兵士に重ね合わせてこう述べている。

「『蟻の兵隊』もそうですけど、昔から偉い人が先に逃げて、現場の人が取り残される。そんなん、ずるいって言うか、卑怯でしょ? 恥ずかしくないんかな」

夏の全国ツアーで、僕はなぜいま「蟻の兵隊」なのかを語る際に必ず雅子さんのことに触れ、森友訴訟に関心を持ってほしいと訴えつづけた。それは、国家という平気で嘘をつく化け物に対して、雅子さんが夫の名誉を守ろうとする個人の尊厳をかけた闘いを挑んでいるからだ。その姿は戦後も戦争を続けさせられ山西の荒野にむ骸(むくろ)をさらすことになりながら逃亡兵の汚名を着せられた戦友たちの名誉を守るために、残留問題の真相究明に後半生を捧げた奥村和一さんの姿にぴたりと重なる。

雅子さんは続ける。「私は卑怯なことは嫌いです。そうはなりたくない。少なくとも自分は卑怯な生き方はしたくない。だから裁判を起こしたんです、だから再調査を求めているんです」

奥村さんたちが起こした裁判は孤立無援の闘いだった。だから裁く気のない裁判に終始して事実の認定さえ勝ち取ることができなかった。森友の裁判をけしてそのようにしてはならない。そのためには、司法に対して我々国民がこの裁判を注視しているという強い姿勢を示しつづけるしかあるまい。

奥村さんの真っすぐな生き方が少しでも雅子さんに勇気を与えることができたなら幸いである。 池谷薫Facebook

執筆者の写真池谷薫

更新日:2020年10月9日

10月から広島のSocial Book Cafe ハチドリ舎の主催でオンライン参加可能な「中国を知る」シリーズを開始する。僕の監督作「延安の娘」「蟻の兵隊」「ルンタ」に加え、NHKスペシャル作品も上映・解説する。全国そして海外からも参加していただきたい。 コロナ、香港、尖閣、ウイグル・チベット問題… 中国に対する怒りは強まる一方だが、そこには14億の民が暮らしている。漠然と恐怖を感じるだけでは何も始まらない。身近なのに遠くに感じる国・中国。一人歩きするイメージの向こうの中国。そこに生きる人々について考えてみようというタイムリーな試みだ。オンデマンド視聴は自分の都合のいい時間に観られるし、トークにはZoomでライブ参加できる。

初回は10/18(日)「あくなき欲望を撮る」と題して僕が演出したNHKスペシャル「黄土の民はいま〜中国革命の聖地・延安〜」(94年・49分)と「西方に黄金夢あり〜中国脱出・モスクワ新華僑〜」(93年・44分)を上映・解説する。 第2回は11/8(日)「天安門事件の影」 Nスぺ「広州青春グラフィティ」と「福建発ニューヨーク行き」。第3回(11/22)は「文化大革命の傷跡」 僕の劇場デビュー作「延安の娘」をご覧いただく。(その後、12/20「蟻の兵隊」、1月「ルンタ」を予定) オンラインチケットの購入方法や初回の作品内容は下記ハチドリ舎のイベントページをご覧いただきたい。学割ももうけたので学生の参加を期待している。ハチドリ舎には8/15に「蟻の兵隊」を上映していただいた。このときもオンライン参加ありで大きな反響を得た。今年はコロナ禍でドキュメンタリー塾をお休みさせていただいている。それだけに、この上映イベントで、中国を、そして「人間を撮る」ドキュメンタリーを熱く語りたい。 情報の拡散にご協力願えると幸いである。

池谷薫監督解説!中国を知るシリーズ①「あくなき欲望を撮る」 https://fb.me/e/3hrUIWrJl 池谷薫Facebook

撮影監督の福居正治さんのことを書く。福居さんとは僕がテレビのADをしていた頃から30年以上もコンビを組んできた。映画はもちろん12本のNスペのうち9本が彼との作品である。彼のカメラワークによって僕の人間に肉薄するドキュメンタリーは完成されたといっていい。

「蟻の兵隊」の心を揺さぶるカットのひとつに、奥村さんが牛駝塞という残留日本軍部隊が最後の死闘を演じた要塞跡を訪ねるシーンがある。ここでは雨あられと降り注ぐ砲弾の中を兵士たちが泣きながら突撃を繰り返したと言われている。戦後3年たっての戦闘で残留部隊の100人以上が戦死し、50人以上が捕虜となった。

前年の晋中作戦で重傷を負い捕虜となっていた奥村さんはこの戦闘に参加していない。ここを訪れ山西の荒野に骸をさらした戦友たちの霊を弔いたい。奥村さんのたっての願いだった。

だからだろうか、この日の奥村さんは朝から様子がおかしかった。妙なハイテンションでまるで芝居役者のようなのである。僕には険しい山道を登りながら吐く彼の「セリフ」がどうにも臭く見えた。

だが、ファインダー越しに奥村さんを見ていた福居さんはこれでいいと言う。いつも以上の迫真の画になっていると言うのだ。

はたして要塞にたどり着いた僕らは、奥村さんを休ませているあいだカメラのモニターでラッシュをした。狂った僕などはダメならもう一度山を登り直そうと考えている。

結果は…YESだった。奥村さんの潤んだ瞳には戦友たちの無念が映り込み、彼の仲間たちへの哀愁と真相究明にかける狂気が残酷なほど漂っていた。僕はあらためて福居さんの技術に舌を巻き、カメラが切り取る現実の力強さを知った。

写真は「蟻の兵隊」の海外映画祭用のポスターである。要塞に別れを告げる際に奥村さんが放ったセリフと、光の中に消えていく彼の後ろ姿は、この映画の白眉となった。 池谷薫Facebook

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